スポンサーサイトビートルズに会って来た

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2007-09-20

いよいよ映画で動くビートルズに出会える当日。
日曜日の午後だったと思うのですが、バイクに乗って会場のある隣町の小さな市民ホールへ。
この映画はこの日に2回映写されたのですが、1回目が終わるころに会場の外に到着。

ラスト・シーンのヘリコプターの音が会場の外まで聞こえていたので、「もうすぐこの映画を見ることができるんだなあ」と期待感が高まります。その時、偶然にも中学の時の恩師と出会いましたが「子どもが見に来ているので迎えに来た。」ということでした。

1回目の上映が終わったので、先生と別れて1番で会場へ飛び込むと、会場の中は学校の教室より少し広い程度、折りたたみ椅子が並べてあって正面にスクリーンが設置されています。

「映画館とはずいぶん雰囲気が違うなあ、それにスクリーンがこんなに低い位置では2列目以降の人は画面の下の方が見えないよなあ」と後ろに座る人のことをちょっと心配しながらも、すかさず一列目正面に座りました。

「いよいよ映画を見ることができる。」たぶんその時はかなりワクワクしていたのではないかと思うのですが、不思議な事に待ちに待った映画であったはずなのになぜかその時の記憶がおぼろげにしか残っていません。


会場の椅子に座って映画が始まるまでの出来事が印象的に記憶に残っている(といってその記憶もかなり薄れていますが)のに対して、「たとえ一瞬でも見逃さないぞ」と目を見開いて見ていたはずの映画そのものの記憶があまり残っていないのです。

おそらく記憶に残らなかった一番の原因は、「字幕」が無かったことだと自分では思っています。
そうなんです、期待していた映画なのに生まれて初めて見る字幕の無いスクリーンにア然としたのでした。
宣伝ポスターに「字幕なし」という告知があったかどうかは覚えていませんが、とにかく字幕が無いのですから、当然しゃべっている内容なんか分かるはずもありません。
この映画に出会えた感激も字幕の無いことで、ビートルズのおしゃべりが理解できない事に自分自身の勉強不足を恨むでもなく、その感動が半減してしまったのでした。

ということで待ちに待った映画でありながら「やっと、この映画を見たぞっ」という感動が私の記憶の中にはそれほど長い間残ることはありませんでした。
ただ、その後ビデオ化されていつでもこの映画が見られるようになった事で、その時の感動がビデオで繰り返し見た記憶と同化していくことによって少しずつ私の記憶から消滅していったのかもしれません。

便利な時代ですが、初めて見たビートルズ映画の大切な思い出も機械文明の中に消えていったのでした。

続く・・・。
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